やっちゃいけないフィールドワーク

ホームレス、リストカット、風俗、自慰行為などなど――。気になってはいるけど、 なかなか人には聞けないモヤモヤ…… そんな世の中の「?」を2人の大学生が解き明かす!?

【渋谷・大晦日炊き出し】ホームレスと一緒に年越ししてみた。 潤pレポ②

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ホームレスと一緒に年越ししてみたら、


                  になった。

前回記事からの続き、 

今回の記事では、炊き出しに参加して見えてきたものをまとめます。

何だこの入りやすい空間!

今回参加した炊き出しを主催されていた団体「のじれん」
支援する側、される側という線引きをせず、
路上生活者も支援者も一緒になって活動をする
ことを重要視する団体のポリシーから強く感じたのは

誰が支援者で、非支援者なのかわからない、入りやすい空間

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もちろん容姿で判断することは可能です。
しかし、空間の雰囲気として、
特別な世界観を感じました。

線引き意識を持つ日常から、
その場にいる全員が空間を共有する一体感を感じます。

 

笑顔

路上生活者を自分と同じ世界で捉えられていなかった自分にとって、
路上生活者同士が笑顔で話すその瞬間だけで異様な感覚がありました。

路上生活者も笑い話をして、友人がいて、そこに社会があるんだなぁ

こんな当たり前のことに驚いてしまうほど、
僕の頭は凝り固まった偏見に満ち溢れていたようです。

 

宮下公園を解放しろ!

途中、会場が一気に殺気立った瞬間がありました。
ナイキに買収されてから路上生活者の強制排除が行われた宮下公園の
解放を訴える段幕を、
宮下公園に張りだそうとした瞬間です。

その作業に、潤pASUKAも同行してみることにしました。


殺気と同時に感じたもの、
その時の僕のリアルな表現で表すと

「文化祭みたいな感じ」

やっている行為はデモ活動で、
一見過激とも思えるものですが、
実行する参加者には、ある種の「楽しさ」が見受けられました。

一致団結して困難に立ち向かう
その協調性に心なしか楽しんでいるようにも見える参加者。

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段幕にユーモアを込め書かれた
「開けましたらあめでとう」の文字が、
それを物語っているようにも感じます。

 

ホームレスと会話してみた

念願の、路上生活者との会話。
特別インタビューのように話を聞くのではなく、
日常会話をしていると、
なんともない会話があります。


P:今日の渋谷はすごいことになってますねぇ。

路B:さっきスクランブル交差点を通ってきたけど、人が多くて全然通れなかったですよ。

路C:警察の車がズラーッて。20年以上この辺にいるけど、最近はどんどん渋谷も変わってくよ。

路B:あそこでテロなんておこったらたまったもんじゃないですよ。

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会話の節々には確かに僕にとっての日常を逸脱した言葉を聞くこともあれど、
総じて感じること、本当に普通なんだなぁ。

普通に会話ができること、距離は確実に近づいていく。

 

自らホームレスになったEさん

活動をまとめる中心に、Eさんはいました。


P:スタッフの方ですか?

E:はい。ただ、僕自身も代々木公園で20年近く住んでいる1人でもあるんです。


年も若く、物腰や、容姿も、
明らかに僕のイメージしていた何かを大きく超えてきたEさんと
非常に興味深い会話をすることができました。


P:今日初めてこの活動に参加してみて、路上生活者への意識が変わってきました。

E:ただ、路上生活者が全員いい人ってことはないですよ。いい人もいれば、嫌な人もいる。その点は、普通の社会と変わらないと思います。


路上生活者への意識は変わりつつも、
結局自分と同じ世界に住む人間と捉えれられていなかった自分の偏見に再度気付かされます。

若く、身なりにも違和感がない。
偏見に満ち溢れていた自分の言葉を使えば、

”全く自分と同じ側の人間”

に見えるEさんは一体なぜ路上生活をしてるのか。


P:Eさんはどうして路上生活をしているんですか?

E:僕は働くこと自体が間違っていると思うから、テントで生活をし、物々交換をしながら生活をしています。別に働いて賃金を得ることだけが生きる方法ではないと思うので、自分にあった生き方をしています。

P:路上生活をして、幸せを感じることはありますか?

E:自分が好きなように生きているので、現場には満足しているし、幸せだと思っています。

 

自らすすんで路上生活者でいるEさん。
全く新しい価値観やライフスタイル、好
きなように生きるという極めて根源的なものなのに、
驚きをかくせません。


E:ただ、宮下公園が封鎖されることのように、自分たちの生活環境が脅かされる時にはそれに反対をします。


表面的な支援の方法はいくらでもある。
路上生活者を救うという名目で、
一つの施設に移住させる、生活保護を与える、自立支援を行う。
そのどれも、“こちら側の価値観”のもと、
世間一般に正しいとされる生活に近づけるための取り組みに見えます。

しかし、Eさんが求めるもの、それはあくまで路上生活に変わりはなくも、その生活環境の改善を訴えるもの。

それが、のじれんも掲げる
「思い込みや決めつけをやめて、まず当事者の話を聞いてみること。その上で、必要な支援やあるべき社会のかたちを考えること。」
の部分なのでしょう。

まとめ

小さい頃から生育されてきた偏見がこの1日で覆される訳もないですが、

強く感じたもの、それは、路上生活者も人間だということ。

いい人もいれば悪い人もいる。
屋根がないだけで、住む場所はある。

違いを感じるのは“こちら側の価値観”のフィルターを通して路上生活者を見たとき。

日常があって、幸せがあって、関係があって、僕らと変わらない社会が普通に存在すること。

あまりに単純ですが、気づきにくものなのかもしれません。

大晦日の夜、多くの人でごった返す歓喜に満ち溢れていた渋谷の片隅で
ひっそり行われた炊き出しと、抗議活動。
その対比が、社会の線引きを物語っているようにも感じられました。

ホームレスと一緒に年越ししてみたら、

ホームレスも同じ人間 になった。