芸人として生きていくのは、経済的な面でも、世間体の面でも困難が多いと言われています。
それでもなぜ、彼らは茨の道を歩くのでしょうか。
高校卒業後、お笑いの養成所に通い、24歳となった今なお、芸人として活動しているAさんにお話をうかがいました。
※Aさんはプロダクションに所属しているため、ここでは仮名を用いることとします
プロフィール
Aさん/男性/24歳/東京都出身・在住
現在の主な芸人活動
・アイドルのネット番組MC
・有名芸人の手伝い
・コンビでの漫才
収入源
・飲食店でのアルバイト
中学卒業の段階で、芸人になることを決めていた
お笑い芸人になることを決意したのはいつからですか?
4歳のときに、山田花子が出ているバラエティを見て、その道を意識するようになりました。
実際のところ、その番組をすごくはっきり覚えているわけではないんですけど、番組のセットをバシバシ壊していく山田花子の姿を見て、純粋に面白いなって思ったんです。
中学を卒業する段階で、高校を出たら芸人になろうって決めてましたね。
貧乏な家で育ったので、都立高校に進めなかったら、そのまま芸人になろうと考えたこともあります。
でも、幸い都立に受かったので、高校はちゃんと行きました。
それで高校を卒業した後、すぐに大手お笑いプロダクションの養成所に入学しました。
お笑い芸人と言うと、ネガティブなイメージを抱く人もいると思います。
親からや周囲の人からの反対はありませんでした?
親は寛大で、好きな道を選んでいいと言ってくれました。
でも、友達には自分の進路のことをほとんど言いませんでしたね。
自分の夢が知られることで、友達との会話が不自然になるのが嫌だったんです。
芸人を目指すことを公言すると、周りの人は僕の会話に面白さを求めるようになるじゃないですか。
そうなると、自然な会話ができないし、僕も無理に何か言わないといけないという気持ちになる。
高校時代は、お笑い活動をしていましたか?
あまりしていませんでした。
コンビのペアを探したんですけど、うまくいかなかったんです。
買ったばかりの携帯電話を使って、芸人志望の女の子2人と会ったんですけど、その子たちと一緒にやりたいとは思いませんでした。
それでも、自分でネタは書き続けていましたし、高校3年の時には、中学時代の同級生とM-1に出場しました。
養成所時代はどのような生活を?
養成所の受講期間は1年で、1日1~2コマの授業が週4日あります。
他の受講生は空いた時間にバイトをすることが多いんですけど、僕は高校時代にアルバイトで貯めた貯金が少しあったので、とにかくネタを書いたり、その研究をしまくったりしていましたね。
授業で他の受講生が披露した漫才に対して、何が面白いか、何がつまらないか、何をどう変えればもっとウケるかなどを考えてました。
養成所を卒業して4年以上が経っていますが、現在はどのような活動を?
相方とコンビを組んで、芸人活動をしています。
それにプラスして、有名な芸人さんのお手伝いと、アイドルのネット番組のMCもさせてもらってます。
その芸人さんのお手伝いを続けていたら、番組のMCをさせていただく機会をいただいたんです。
MCとしての活動は、やりがいを持ってやっているし、トークのテクニックが身につくという点で、自分の成長も実感できています。
ただ、それだけで食べていくのはキツいので、当然バイトもしています。
相方との活動にやりがいと可能性
ずっと今の相方とコンビを組んでいるのですか?
そういうわけではないです。
養成所に入った直後に今の相方とコンビを結成したんですが、それから2人の別の人とそれぞれコンビを組み、その次はピン芸人をやりました。
今の相方と離れた時期は、自分にとってつらい時期でした。
2人目の人とコンビを組んでいたときは、途中でその人を別の芸人に奪われてしまったし、3人目の人は11歳も年上で、お笑いに対するスタンスが違いすぎてちぐはぐでした。
その人は頭が良い人で、お笑いのネタを論理的に考えていたんですけど、僕的には、お笑いは論理性だけで片付けられるものではないと思っていたので、キツかったです。
その後、ピンとして行き詰った時、今の相方が「俺、もう一度、お前とやるわ」って電話してきて、また彼とコンビを組むことになりました。
今の相方とは、とても相性がいいと思っています。
僕は、自分がネタを書きたいタイプなんですけど、彼はそれを認めてくれる。
それに、彼は僕と同じでコミュ障なので、そういう点でも合ってるなと思います。
芸能界のことは全く分からないんですけど、やはり売れるようになるのは大変なんでしょうか?
そうですね。この世界は、超金持ちか超貧乏かどっちかの世界ですから。
でも、自分としては、ある程度の自信を持ってるつもりです。
確かに、現状、自分はまだ売れてない。養成所の同期の中でも、プロダクションから直接仕事を貰っていないのは、自分くらいです。
でも、僕には強みがある。
ひとつは、人生を通して積み重ねてきた、独特の感性。
僕はコミュ障なんですけど、コミュ障だからこそできるネタがあると思ってます。
人と話してばかりの人は、多くの人に自分を合わせている分、感性が平均的なモノになってくるけれど、僕は違うんじゃないかなと。
最近では、先輩からその感性を生かしたネタが評価されつつあるとも感じていますし、実際、お褒めの言葉をいただいてもいます。
それに加えて、卓越した知識も自分たちの武器だと思ってます。
僕、将棋に詳しいんですよね。
あまり強くなかったけれど、父が元プロ棋士で、その影響で、自分自身も将棋にある程度の造詣があるんです。
一方、僕の相方はジャニーズに相当詳しいんです。男なのにジャニーズマニア。
仮に僕らが芸人として売れたとき、僕は将棋関連のテレビやネット番組に呼ばれるだろうし、相方はジャニーズ関連のメディアに継続的に登場できるかもしれない。
そして、いずれかがフィーチャーされれば、コンビとして知名度も上がるし、個人の仕事も増えていくはずです。
売れるまでは大変ですけど、売れた後、一発屋ではなく、息長く活躍する準備はできているつもりです。
貧乏な家庭環境が自立を促した
不安定な生活だと思うけれど、収入面で不安は?
お金の面での不安はそんなにありません。
正直、今、手元にあるお金はほとんどないです。バイト代の収入は月12万円程度で、芸人活動は赤字。高校卒業の段階で多少はあったお金も残ってなくて、今現在、貯金はまったくできません。
でも、貧乏な家庭で育った僕は、元々そこまで多くのお金を望んでいないんです。
差支えない範囲で、どのような家で育ったか教えてください
旅行もほとんどいけないような家でした。
中学校からの帰り道で、他の友達がコンビニでお菓子を買ったりするなか、僕は本当にお金がなくて、それに加われなかったこともありました。
夏休みだって、友達がどこか遊びに行くなか、僕は図書館で本を読んだり勉強したりするしか道がありませんでした。
図書館に行くとき、親に飲み物代100円をねだって、その100円をコツコツ貯めてニンテンドーDSを買うのが、最上級の贅沢だったくらいです。
クラスや部活の友達と自分の経済状況を子どもながらに比べてもいましたね。友達の誰かが一軒家に引っ越したり、「刺身を食べた」って言ったりしたら、「ああ、コイツは金持ちなんだな」と思わずにはいられませんでした。
でも、その境遇が自分を成長させたのかなとも思ってるんです。
中学時代、仲のいい友達から、「オマエ、考え方、大人だよな」って言われたことがあるんですよね。
貧乏だったからこそ、「早く大人にならないといけない」って、自分を奮い立たせていたのかもしれません。
芸人生活に不満はないのですか?
精神的にキツいこともあります。
今はないですが、数年前、相性の合わない相方とコンビを組んでいたときは、人間関係で参っていました。
あとは当然、自分のネタが受けなかったときは落ち込みますよね。
世の中の常識と離れているということも、結構な不安です。
例えば、普通の24歳は会社とかで働いているから、経理部や総務部が何をするか知っていて当然。
でも、自分はそういう部署がなにをすることろなのか、なんとなくしか分からない。
世の中との間に、ギャップがあるんです。
ただ、自分の今の立場は、それなりにマシなのかなとも考えてます。
僕的に、人生の充実は「お金」「恋愛」「やりたいこと」で決まると思ってるんです。
お金については、明かなマイナス。だけれど、貧乏な家庭で育ち、今も貧乏だからこそ、小さな贅沢に大きな感動を得ることができると思っています。
恋愛は、彼女はいないけど、それなりに出会いもあるのでプラスマイナスゼロ。自分に男性としての魅力がないとも思っていません。
やりたいことに関しては、間違いなくプラス。アイドル番組のMCとか、有名芸人さんのお手伝いとか、普通の人ができないようなことができている。さすがにメールアドレスを交換するレベルにはないですけど、大物のタレントや芸人さんとも顔を合わせることができます。
そう考えると、貧乏芸人ではあるけれど、自分の生活も悪くないと思えるんです。
そして何より、自分のネタが受けると、ポジティブな気持ちになれる。
今の相方との関係はすごくいいことも、この生活を前向きに捉えられる要因かもしれません。
とはいえ、Aさんの歩む道は険しいように思えます。芸人を続けている理由は何でしょう?
ヤケクソになってるのかもしれません。
自分はプライドが強いし、あきらめが悪い。
それに、「まだまだやれる」「まだもっと上に行ける」って気持ちもあります。
ただ、今の相方がやめるなら、その時は考えるかも……いや、やめませんね。
プロダクションを離れたりして、環境を変えることはするかもしれないですけど、芸人活動は続けると思います。
将来の具体的な目標は?
芸人としては、考え付いたことをカタチにする能力をつけていきたいです。
例えば今は、「これ面白いんじゃないか」っていうことを思いついても、それを自分のネタに反映することができないんです。
その点を改善すれば、自分たちのファン層が増えていくんじゃないかと思ってます。
確かに、道は険しいです。でも、少しずつファンを増やしていけば、いつかライブの常連になれると信じています。
生活の面では、40代くらいで1人か2人の子どもがいる家庭を持てたらいいと思ってます。
正直、芸人として売れるという目標は、雲の上のようなものだと思ってるんで、ネット動画投稿で生計を立てていけたらいなと考えることもあります。
今、そのアイデアは山ほど持ってるんです。ただ、家にパソコンがないので、撮影とアップロードはできていません。
やっぱり僕は、お笑いが好きだし、自分のネタで人にウケてほしいと思うんですよね。
それでもキツイなら、今のバイト先に就職するのもアリかなと。
聞くところによると、生活に困らないくらいの収入は手にできるらしいので。
考察
僕は、各々、夢・やりたいことがあるのに、それを実行に移すことができない要因の一つに「世間体」と「経済的リスク」があるように思っています。
貯金ができる安定した生活を捨て、周囲から冷たい視線を浴びせられてまで、やりたいことを選択する人は少ないはずです。
そんな2つの「壁」をAさんは打ち壊しつつ、芸人としての道を歩んでいます。
壁を壊すAさんの原動力は、安易なモチベーションではなく、幼少期から築き上げられてきた強い自立心であるように考えられます。
経済的に厳しい家庭環境のなか、Aさんは自分の足で生きていく重要性を早くから自覚し、中学生の段階で自らの将来を定めていました。
ほかの人と自分は異なる存在であり、自分は自分の生き方をする必要があるし、そうするしかない――。 Aさんは10代半ばの段階で、そのことを強く意識していたのではないでしょうか。
はっきりとした因果関係はありませんが、彼の生い立ちが、現在彼が歩んでいる道に影響を及ぼしていることは間違いないでしょう。
申し訳ないのは、僕がお笑いに対する知識が希薄だったこと。
もう少しそれに関する知識や自分なりの考えがあれば、Aさんがお笑いを続けるモチベーションを、別の観点から掘り下げることができたように思えます。